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『武道家の心』
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George_Ohashi wrote:
宗家から「多くの人がアマツタタラとかの古い文書に興味を持っているようですが、高松先生から学んだところによると、最も大切なのは『真心』『武風一貫』そして『武道家の心』です。」というコメントがありました。ご参考までに。


「天津蹈鞴秘文」については、「虎擲龍拏十方折衝」の意味を知りたくて調べたことがありましたが、何もわかりませんでした。大橋さんからの宗家のコメントを聞いていればそんな無駄なことはしなかったかもしれません。「虎擲龍拏」については「虎は実在するが、龍は幻想上の動物」という宗家のコメントを聞いたことがあります。その年のテーマについても「虚実」、「三次元の世界」と聞いていました。いずれも「言葉」に意味があるのではなく、それを発する宗家の心の持ち方が大事と言うことなのでしょうか?
『心敬はその主著「ささめごと」の中で、「句を幽玄に読むことは大事であるが、それは単に表現の問題ではなく、作者の心の持ち方が大事なのだ」と説いている』という話を聞いたことがあります。
 「稽古の語源」を調べていましたが、世阿弥の『風姿花伝』を読んでからは「稽古」という言葉を使うこと自体がおこがましく思えてなりません。
 「三次元の世界」の意味をカゼムさんにお聞きしたことがあったのですが、「人の3倍稽古することだ。」とすぐに答えられたのがとても印象に残っています。
 『武道家の心』については、『心の象』(日野晃著)の中で宗家のありようが如何に凄いことなのかを巧みに表現されていて、取り組む姿勢や感性の鋭さ、繊細さのレベルが明らかに違うということを突きつけられます。しかし、精神のありようをどう変化させられるのかを考えたときに悩みましたが、日野晃氏の言葉にヒントがありました。
『武道においては身体運動を、身体と運動に分けて考えてはいけない。まして、身体と意識や精神を分けられるはずもない。
なぜなら、その身体の内に意識や精神の像が宿っているからだ。
つまり、武道という身体のありようは、自分自身の精神のありよう、意識のありようにほかならないのである。
したがって、「武道」に取り組むとは、自分自身のありようを認識し、より高次な精神を創り出すということになる。
しかし、そこに進めるのは紛れもなく「身体運動」を通してであり、「身体」を通さなければ行き着けないのだ。
その身体運動こそが「武道」なのである。』
 私自身、武神館を始めて間もない身ですが、初見宗家というまるで取り組めない高次の武道に出会ったことで、競技空手等では精神のありようを変化させることや感性を高めるという発想自体無かったものですが、漠然とですが全てを変える何かがあると感じられます。体の使い方に変化があると発想の仕方にも何らかの変化があるように思えます。
また、発想の仕方が変わると取り組み方が変わっているということがあります。

----------------
Akihiko Taya 

Posted on: 2005/8/31 21:16
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Re: 『武道家の心』
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 簡単に‚Ķ‚Ķ。

「私は心の運動神経を促進させることを武道によって修得したが、これには体で悟って、理論を知ることが一番大事である。そのためには稽古あるのみである。私は先生のところへ行って、いろいろと教えを乞い、よい言葉を拝聴したが、それが実際に、心の運動神経の促進剤や栄養剤になるのは、稽古修業一貫して、三年から五年もあとのことである。だから武道の理論なんてものは、武道家にとってはほんの一過程にすぎず、この理論の味がわかるのは稽古という口だけなのである。」(『秘伝 戸隠流忍法』p.98)

 もちろん基本からやるんですよ。


(投稿には名前をフルネームで書いておいたほうがいいです)

Posted on: 2005/8/31 21:23
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Re: 『武道家の心』
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George_Ohashi wrote:
もちろん基本からやるんですよ。


大橋さん、こんばんは。

早速の回答有り難うございます。
宗家は実に簡単に言ってますが、とても身に染みる言葉です。
(更に三年~五年後には、違う味がするのでしょうが。)

「基本をやりなさい」とは、誰からも言われることですが、
人それぞれにその教え方が違いますが、共通するところは基本八法からの変化を教えて頂くことが多いです。

「基本」とは、何をやれば良いのでしょうか?

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Akihiko Taya 

Posted on: 2005/8/31 21:50
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Re: 『武道家の心』
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kage-law wrote:
(更に三年~五年後には、違う味がするのでしょうが。)


疑っててもしかたないですよ。もちろん、舌が変わるから味が変わるんです。

Quote:

「基本をやりなさい」とは、誰からも言われることですが、
人それぞれにその教え方が違いますが、共通するところは基本八法からの変化を教えて頂くことが多いです。

「基本」とは、何をやれば良いのでしょうか?


 変化する前の基本八法そのものでしょうね。あるいはもっと遡って、立ち方とか歩き方とか体捌きとかです。

 指導者によって形や教え方が違うのは事実ですが、まずは誰か一人、基本を丁寧に教えてくれる人を見つけて、数年間はそこに足繁く通って稽古することをオススメします。そうすれば「舌」が変わってきます。多くを語るのはその後で充分。じゃないと評論家になってしまいますから。

Posted on: 2005/8/31 21:58
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Re: 『武道家の心』
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George_Ohashi wrote:

疑っててもしかたないですよ。もちろん、舌が変わるから味が変わるんです。


紛らわしい言い回しで失礼しました。
「更に三年~五年後が楽しみです。」という意味です。

「舌」とは宗家の言う「稽古という口」のことですね。
「ほんの一過程」とはいえ、いままで、まるで機能させることが出来なかった「心の運動神経」を促進させるという方向がみえただけでも嬉しいです。それが働かなければ生きていても意味がないと思っていた機能を促進させる方法があることに喜びを隠せません。

無感動で卑屈な性格が、多少なりとも良い方向に向かう兆しと回復の方法が見つかった喜びです。

ただ、同じ肉体運動でも競技空手をしていたころは「心の運動神経」がマヒしていくように感じていたのですが、この違いは一体なんでしょうか?
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Akihiko Taya 

Posted on: 2005/9/1 19:56
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Re: 『武道家の心』
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kage-law wrote:
Quote:

George_Ohashi wrote:
Quote:

kage-law wrote:
(更に三年~五年後には、違う味がするのでしょうが。)


疑っててもしかたないですよ。もちろん、舌が変わるから味が変わるんです。


紛らわしい言い回しで失礼しました。
「更に三年~五年後が楽しみです。」という意味です。


失礼!!! 「でしょう。」って書いてあったんですね。(老眼かなあ。)

Quote:

kage-law wrote:
ただ、同じ肉体運動でも競技空手をしていたころは「心の運動神経」がマヒしていくように感じていたのですが、この違いは一体なんでしょうか?


その答は自分で見つけないと。

Posted on: 2005/9/1 21:16
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